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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9277号 判決

原告 田嶋伸弘

右訴訟代理人弁護士 山田齊

被告 株式会社 貞祥堂

右代表者代表取締役 田嶋貞太郎

被告 田嶋貞太郎

右二名訴訟代理人弁護士 木澤克之

主文

一、被告株式会社貞祥堂の昭和六一年五月二九日開催の定時株主総会における第三四期(昭和六〇年四月一日から昭和六一年三月三一日まで)の貸借対照表、損益計算書、営業報告書及び損失処分案を承認する旨の決議を取り消す。

二、被告株式会社貞祥堂の昭和六一年五月二九日開催の定時株主総会における田嶋貞太郎、田嶋宏、田嶋正孝を取締役に田嶋つる子を監査役に選任する旨の決議を取り消す。

三、被告株式会社貞祥堂は、原告に対し、被告田嶋貞太郎名義の被告株式会社貞祥堂の株式一万六五〇〇株中、一万四五〇〇株につき原告への名義書換えをせよ。

四、原告と被告田嶋貞太郎との間において、原告が、被告株式会社貞祥堂の被告田嶋貞太郎名義の株式一万六五〇〇株中一万四五〇〇株を有していることを確認する。

五、本件訴え中、原告の被告田嶋貞太郎に対するその余の請求に係る部分を却下する。

六、訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1.(1) 主位的請求

主文第一項と同趣旨

(2) 予備的請求

主文第一項記載の決議が無効であることを確認する。

2. 主文第二項と同趣旨

3. 主文第三項と同趣旨

4. 原告と被告田嶋貞太郎との間において、原告が被告株式会社貞祥堂の株式二万一八四〇株を有することを確認する。

5. 訴訟費用は、被告らの負担とする。

6. 第3項につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

一、被告株式会社貞祥堂(以下「被告会社」という。)は、昭和二七年四月一七日に設立された発行済株式の総数四万株の株式会社であり、株券は発行されていない。

2.(1) 昭和五七年七月以前、被告田嶋貞太郎は被告会社の株式一万六五〇〇株を有していた。

(2) 原告は、昭和五七年七月、被告貞太郎から、右株式のうち、一万四五〇〇株(以下「本件株式」という。)の贈与を受けた。

(3) しかるに、被告貞太郎は、右贈与の事実を否定して、原告が本件株式を有することを争う。

3. 被告会社は、昭和六一年五月二九日、定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催し、第三四期(昭和六〇年四月一日から昭和六一年三月三一日まで)の貸借対照表、損益計算書、営業報告書及び損失処分案を承認する旨の決議(以下「本件決議(1)」という。)並びに被告田嶋貞太郎(以下「被告貞太郎」という。)、田嶋宏及び田嶋正孝を取締役に田嶋つる子を監査役に選任する旨の決議(以下「本件決議(2)」という。)をした。

4. 原告は、本件株主総会の終結に至るまで、取締役としての地位を有していた。

5.(1) 被告会社は、本件株主総会の招集を決定する取締役会の開催につき、原告に対して通知をしなかった。その結果、原告は、その取締役会に出席できなかった。

(2) 被告会社は、原告に対し、本件株主総会開催の通知をしなかった。

(3) 被告会社は、商法第二八二条第一項により、本件株主総会の会日の二週間前より、計算書類及び監査報告書を本店において備え置き公示すべきにもかかわらず、これを怠った。

(4) 被告会社は、本件各決議において、被告貞太郎に対し、同被告に帰属していない一万四五〇〇株(そのうち三六六〇株については、原告に名義書換えがなされていたものを、被告会社において、無断で被告貞太郎に名義書換えしたものである。)につき議決権を行使させた。

6.(1) 本件決議(2)の対象となった計算書類には、重大な粉飾があり、被告会社の財産、損益等の表示に著しい誤りがある。

(2) よって、本件決議(2)は、無効である。

7. したがって、原告は、被告会社の前取締役及び株主として、本件各決議の取消し(本件決議(1)については予備的に無効確認)を求めるとともに、被告貞太郎との間で原告が被告会社の株式(本件株式一万四五〇〇株と原告が保有していることにつき争いのないその他の株式七三四〇株との合計)二万一八四〇株を有することの確認を求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 第1項の事実は、認める。

2.(1) 第2項(1)の事実は、認める。

(2) 同項(2)の事実は、否認する。

(3) 同項(3)の事実は、認める。

3. 第3項及び第4項の事実は、認める。

4.(1) 第5項(1)の事実は、認める。

(2) 同項(2)(3)は、争う。

(3) 同項(4)の事実は、認める。

5. 第6項の事実は、否認する。

6. 第7項は、争う。

三、抗弁

1. 被告会社は、本件株主総会の開催の日の二週間以上前の昭和六一年五月一四日、原告に対し、本件株主総会の通知をした。

2. 本件株主総会当時、被告会社の株主及びその持株数は、次のとおりであった。

①  被告貞太郎 一万六五〇〇株

②  田嶋つる子 五六〇〇株

③  田嶋宏 三三〇〇株

④  田嶋悦子 五六一〇株

⑤  田嶋正孝 一六五〇株

⑦  原告 七三四〇株

3.(1) 本件株主総会には、原告以外の全株主が出席し、原告は弁護士名取康彦を代理人として出席させた。

(2) 本件各決議は、株主全員一致により、行ったものである。

四、抗弁に対する認否

1. 第1項の事実は、否認する。

2. 第2項の事実は、被告貞太郎の保有株数が一万六五〇〇株、原告の保有株数が七三四〇株であったことを否認し、その余は、認める。被告貞太郎の保有株数とされる一万六五〇〇株のうち本件株式はすでに原告に贈与されていた。したがって、本件株主総会当時、被告貞太郎の保有株数は二〇〇〇株であり、原告の保有株数は本件株式を含む二万一八四〇株であった。

3.(1) 第3項(1)の事実は、名取弁護士が原告の代理人として本件株主総会の場にいたことは認めるが、名取弁護士が原告から議決権行使の代理権を与えられていたとの事実は否認する。

(2) 同項(2)の事実は、否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求の原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二、次に請求の原因第2項につき判断する。

1. (1)及び(3)の事実は、当事者間に争いはない。

2. そこで、次に、(2)の事実(被告貞太郎から原告への本件株式の贈与)につき判断する。

(1)  〈証拠〉を総合すると、原告の父であり、被告会社の代表取締役であった被告貞太郎は、かねて、被告会社の専務取締役として被告貞太郎の手助けをしていた三男の原告を、将来、被告会社の代表者とするとの意思を有していたこと、そこで、昭和五七年七月ころ、原告に被告会社の経営を大幅に委ねることとし、同時に、会社の経理担当者を長女田嶋悦子(以下「悦子」という。)から原告の妻田嶋桂子(以下「桂子」という。)に変更させたこと(同年九月には、監査役も悦子から桂子に変更した。)、また、姉悦子による被告会社の経営に対する干渉を排除するために、原告と話し合って、自己の保有する被告会社の株式中、一万四五〇〇株を原告に贈与して、原告に被告会社の株式の過半数以上を取得させることとしたこと、そこで、被告貞太郎は原告とともに税理士樋口照弘(以下「樋口税理士」という。)を訪問して、税法上の手続をとる方法をもって贈与を行うことを依頼したが、一度に贈与の手続をとると税金が多くなるとの指摘を受けたので、出来るだけ有利な時期・方法で申告するという結論に至り、樋口税理士にそのような処置をとることを依頼したこと、以上の事実を認めることができる(なお、〈証拠〉によると、被告会社は被告貞太郎が設立した書画骨董の売買等を目的とする株式会社であり、昭和五七年当時は、原告が被告会社の専務取締役として被告貞太郎を助け実質的な営業を行っていたこと、被告会社には不動産はなく、その資産は、主に預金、売掛金、商品等であり、貞祥堂の名の下に被告貞太郎が培った営業上の無形の財産が重要な価値を有していたこと、被告貞太郎は被告会社の置かれている土地建物は自己の固有の資産とし被告会社の名義とはしていなかったこと、以上の事実が認められ、これらの事実からすると、被告貞太郎が被告会社の経営を原告に委ねることとし、同時に、経理担当者及び監査役を悦子から原告の妻桂子に変更した時点において、原告に被告会社の株式の過半数を取得させることにしたとしても不自然ではない。)。

(2)  〈証拠〉を総合すると、原告は、右の経過を前提として、樋口税理士に依頼して、次のような税金申告の措置を採ったことが認められる。

①  昭和五八年三月、被告貞太郎から昭和五七年一一月に原告が一五〇〇株、桂子が一三〇〇株、両者の子であるえみが一三〇〇株、千裕が一五〇〇株、友一朗が一三〇〇株、合計六九〇〇株の贈与を受けたこととして、贈与税の申告をした。

②  昭和五八年五月、右①の贈与を前提とし、さらに桂子、えみ、友一朗が被告貞太郎から同年一月にそれぞれ二〇〇株、合計六〇〇株の贈与を受けたとして、そのような内容の株主構成である旨表示し、被告会社の昭和五八年三月三一日までの事業年度の法人税の確定申告をした。

③  昭和五九年三月一四日には、右②の贈与のほか、昭和五八年四月に原告が二一六〇株、桂子が二五〇〇株、友一朗が二三四〇株の贈与を受けたとして、三名につき贈与税の申告をした。

(3)  そして、右(1)及び(2)において認定した事実によると、被告貞太郎と原告との間において、昭和五七年七月に本件株式の贈与の合意が成立し、遅くとも、昭和五九年三月一四日に本件株式が原告及びその妻子に移転したとして贈与税の申告がなされた時点において、その贈与の履行は終了したものということができる(贈与は、合意のみにより効果を生じる契約であるが、株式の贈与については、通常は株券の交付があって初めてその履行が終わったということができる。しかし、本件株式については設立後三〇年の時点で株券が発行されていなかったのであるから、株券の交付がなくても意思表示のみで移転の効果が生じるものと解すべきことになる。しかし、右において認定した事実からすれば、一定の時期に株式の贈与があったものとして税法上の申告手続がなされた時点において履行が完了したものとするとの了解の下に、本件株式の贈与契約がなされたものというべきである〔〈証拠〉によると、被告貞太郎自身、税法上の手続をしたことをもって、贈与の手続があった、すなわち、その履行があったものと考えていたことが認められる。なお、本件においては、原告の妻子も贈与を受けたような処理がなされているが、これは原告が税金対策として行ったものであり、実質的には原告が本件株式全部の贈与を受けたものというべきである。〕。)。

(4)  もっとも、〈証拠〉によると、被告貞太郎は、昭和五九年三月一四日、樋口税理士から本件株式に関する贈与税の申告に関して電話による問い合わせがあったとき以降、原告に対する本件株式の贈与を否定する言動をとるようになったことが認められるが、右各証拠を総合すると、昭和五八年一二月、原告と悦子との間で被告貞太郎所有の土地建物に対する担保設定に関する争いが生じ、それをきっかけとして被告貞太郎が悦子側につくという状態になっていたこと、被告貞太郎は、そのころには、老人性の脳梗塞が原因とみられる物忘れ症状が生じていたことが認められるので、被告貞太郎のその後の言動は、本件株式の贈与の認定を左右するものではない。

なお、〈証拠〉によると、原告は、本件株式の贈与が無効であるとして、昭和六〇年三月、前示(2)③の贈与の申告を修正し、また、そのころ、前示(2)①の贈与につき更正の上申をして、最終的に贈与税として支払った金額の還付を受けたことが認められるが、右各証拠を総合すると、右措置は樋口税理士から書面によらない贈与契約は無効であるとして税金の取戻しを強く勧告されたことによるものであることが認められるので、その事実自体は、本件株式の贈与がなかったことを推認させるものではない(なお、本件においては、樋口税理士の証言が特に重要な意味を有するのであるが、同税理士は証人としての呼出しに対して、その都度、病気を理由として出頭せず、結局、その証言を得ることができなかった〔病気であること自体は診断書により認定できるので、拘引することまではできない。〕。しかし、原告と樋口税理士との会話の録音テープを反訳した甲第三三号証の一によると、樋口税理士自身も、言葉を濁らせているが、被告貞太郎が原告とともに事務所を訪れ、被告会社の株式を原告に贈与する旨の話をしたこと自体は、肯定していることが認められるのであって、この点と(2)において認定したような税金申告の経緯からすると、樋口税理士においても、昭和五七年七月に被告貞太郎から本件株式の贈与とそれに関連する税の申告について依頼されていたため、原告の申出に基づき、被告貞太郎に改めて確認することも、贈与契約書の提出を求めることもなく、翌年の三月に贈与税の申告書を作成し、また、同年五月に被告会社の法人税確定申告書を作成したが〔この確定申告に際しては、次回の贈与税の申告を予定して、同年一月にも六〇〇株の贈与があったものとして処理している、このような樋口税理士のとった処理を全体として見ると、原告から申出があった都度、その申出に従って処理したというよりも、昭和五七年七月の依頼の趣旨に基づき、最も税法上有利な処理をするという意図の下に、二年にわたり計画的に贈与の手続をとったものと認められる。〕、昭和五九年三月になって、被告貞太郎が贈与を否定し始めたことから、書面によらない贈与を前提として諸手続をとったことの責任を追及されることを恐れ、被告貞太郎の意思に従い、原状を回復する措置をとったものと推測できる〔乙第八号証によると、昭和五九年三月に贈与が取り消された旨の表示がされている。〕。)。

(5)  以上において判示したところによると、本件株式は昭和五九年三月一四日までに原告に贈与されていたことになるところ、弁論の全趣旨によると、被告会社には商法の規定による株主名簿は存在しなかったことが認められ、この点と被告貞太郎が被告会社の代表取締役であったことからすると、その時点以降は、被告貞太郎との関係においても、また、被告会社との関係においても、本件株式は原告に帰属していたものというべきである。したがって、本件株式につき、被告会社に名義書換えを求める原告の請求及び被告貞太郎に対する請求中、被告貞太郎との間で本件株式が原告に帰属することの確認を求める部分は理由があることになる。しかし、原告の保有していると主張する被告会社の株式のうち、本件株式以外の七三四〇株については、被告貞太郎もこれを認めているのであるから、本件訴え中、この部分に関する部分は確認の理由がなく、不適法ということになる。

三、請求の原因第3項の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、続いて本件各決議の取消事由につき判断するに、〈証拠〉によると、本件株主総会には、原告以外の五名の株主が出席し出席者全員が一致して本件各決議がなされたものとして手続が進められたこと(本件株主総会には原告の代理として名取弁護士が出席していたが、議決権行使の代理権は与えられていなかったので、原告は出席しなかったものとして議事録が作成されている。)が認められる。

ところで、本件株主総会当時、原告が本件株式を含め、合計二万一八四〇株を有していたことは前示のとおりであるから、本件株主総会は、発行済株式の総数の過半数を有する株主が出席していなかったことになる。したがって、本件株主総会は商法第二三九条第一項に規定する定足数を満たしていないことになるから、その余の点につき判断するまでもなく、これを取り消すべき瑕疵があることになる。

四、よって、原告の被告会社に対する請求、及び被告貞太郎に対する請求中の原告が本件株式を有することの確認を求める部分は理由があるから、これを認容することとし、本件訴え中、被告貞太郎に対するその余の請求部分に係る部分は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言の申立てについては、相当ではないから、これを却下する。

(裁判官 岡久幸治)

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